住まい手も山へ

2016.04.21.10:13

 建築士と一緒にわが家のふるさとの山に行ってきました。
 これまでも何度か山に行きましたが何度行っても新しい発見があります。
 案内された山に着いて何か説明してくれるのかと思ったらタケノコ採ってくるから適当に見ててと林業家がどこかに行ってしまいました。

 適当に見ろといわれてもどこをどう見たらいいのかわかりません。
 しばらく山を見ているとこれまで見てきた山と様子が少し違います。
 林業家が企画する伐採ツアーで案内される山は大きな木が並んで立っているし、大きな木を残すために間引きをした切り株もあちらこちらに見られます。母樹林の標識
 ところが案内された山は大きな木もあるけどそれ以外の木もあって間引きした様子もありません。

 途中で母樹林と書かれた標識を見つけました。
 以前に林業家が私たちが植林する苗は種から育てた実生(みしょう)の苗だと教えてくれました。
 挿し木は親木のクローンですが、種から育てた苗は母木はわかっていますが、花粉は50㎞以上も飛ぶので母木以上に優れた木ができる可能性があるそうです。
 今回林業家が案内してくれた山は種を採ることができる母木の山だったわけです。

 母樹林について調べてみると林業種苗法という法律まであって母樹林に指定されている山の木は勝手に伐採してはいけないことになっていました。
 だから今まで見せてもらった山と見た感じが違っていたわけです。

 植林後90年ぐらい経った山を観察した後、林業家が離れた場所から今見てきた場所を指しながら樹形について話してくれました。
 山の中にいるときは気がつきませんでしたが、離れて見るとほかの場所と明らかに木々の形が違います。

 私はこれまで山に立っている杉の木を一まとめに捉えてきましたが、見方がわかるとあの山の木はまだ若い、ここは結構成熟しているなどといった見方ができるようになります。そうして山を見ると今まで見ていた山が別のように見えてくるから不思議なものです。

 木を見て、森を見ずと言われます。
 小さなことに心を奪われて全体を見通せなくなる様子を表現することわざで、広い視野を持って見ると捉え方が変わる教訓としても使われています。

 建築士のところへ家づくりの相談に行って最初に話してくれるのは木の話です。
 ”建築士の第一時間目の授業”と私が勝手に名前をつけている大切な話の中に、
「家に使う木は使う場所でそれぞれ役割が違うので役割に適した材料を使い分けることが大切でこうしたことを適材適所と言います。」という節があります。

 普段何気なく使っている適材適所ですが、言葉の意味の元になった使い方を聞いたときはおぉ!と感動しましたが、今回も同じものを見て捉え方が変わる様子を自ら体験することができました。
 最初は林業家から適当に見ててといわれて困ってしまいましたが、山を後にするときには車の窓から見える山を見るのが楽しくなりました。

 本物の木の家は高い調湿性があって五感に優しく、天然乾燥すると時間と共に木の色艶が深まると言った特徴に間違いはありませんが、わが家はそれぞれの要素がバランスよく調和することで私たち家族が気持ちよく生活できることが一番の特徴だと思います。

 住み始めて10年が経ち最近家内が「この家気持ちいいよね」と一言いいました。
 ブログで木の家についていろいろ書いていますが、私があれこれ言うよりも自分自身で感じてほしいと思っているので夫婦ではほとんど家の話はしていません。

 10年経ってやっと「この家気持ちいいよね」と一言だけですからもうちょっとほかに無いのか・・・と思いましたが、林業家や建築士に家内の一言を話したところそれが何よりうれしいと言ってくれました。
 普段の生活が気持ちよくてそれが自身で実感できるまでには時間がかかるのかもしれません。

 私たち家族は日常、木の家が国土の保全に役立つなどと考えて生活しているわけではありません。
 しかし、気持ちよく生活できる木の家が増えることは国土の保全に繋がることは確かだと思います。
 また、住まい手が山を見て林業家の苦労を知ることで自然に長く使い続けようと言う意識が芽生えてきます。

 丈夫で長持ちする家を長く使い続けられるかは住まい手の気持ちが重要ですし、次の住まい手に木の家の住み心地を伝えることも大切なことです。
 「この家気持ちいいよね」の一言は10年木の家に住み続けた感想を集約しているように思います。

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